動かない言葉

「国語、嫌いだったんだよね
数学みたいに答えもはっきり無いじゃん?
主人公の気持ちとか分からないし」
 
夕方のスターバックス、
数学が得意な友人が言っていた。

「文章の中によく読むと書いてあるってば」
僕は説得力の無い反論をしながら、
頭の片隅では別のことを思い出していた

ある1冊の本と、
放課後の教室のワンシーンについて。

「ねえ、この短歌知ってる?」

君かへす朝の舗石さくさくと 
雪よ 林檎の香りのごとくふれ
「ううん、初めて聞いた」

「この歌の林檎はね、"動かない言葉"って
言うんだって、さっき先生に教わったの」

短歌や俳句の知識など
皆無だった僕だが、素直にこの歌の林檎は
代わりのない言葉だと思った。

僕の好きな国語にも、
ちゃんと正しい答えがある。

帰り道に書店へ立ち寄り
「北原白秋全集」を買った。

この歌を発表した白秋は、
家庭のある女性と恋に落ちて
"姦通罪"で投獄されていたそうだ。
僕は解説文を読むまで、
幸せな恋の歌だと思っていた。

「ふうん、幸せそうだね」
そう言った僕に、君は
「ね、いいなぁ…恋したいよー」
と笑っていた。

「大好きなんだよね」
と僕に話してくれたこの歌の意味を
本当は知っていたんだろう。

久しぶりに本棚から北原白秋全集を探し、
ぱらぱらとあの歌を探した。

君かへす朝の舗石さくさくと 
雪よ 林檎の香りのごとくふれ

10年経った今読んでも、
清冽な湧水のように美しい。

知識の乏しい僕が唯一知る歌。

この先も大切な1冊になる、
僕の"動かない1冊"として。








梔子文庫

Kuchinashi Bunko 小説に纏わるあれこれ、 ショートショートをメインとした個人サークルです。 ストーリーは「眠れない夜の小さな話」を テーマにして書いています。 その他、細々とWEBマガジンにて 記事を書かせて頂いたりしています。

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