泡沫の、

ほんの2時間前の夏祭りの賑やかさが
幻だったかのように静寂を纏う神社の境内。

「まだもう少し話していたいね」と
僕たちは階段に並んで座っていた。

「昔さ、この中に入ってるビー玉が
どうしても欲しくて2人で頑張ったよね
覚えてる?」

屋台で買ったラムネの瓶を
見つめながら君が言った。

「うん、覚えてる。
色々試して結局取れなかったけど」

くびれた薄青色の瓶の中に閉じ込められて
きろん、きろん、と音を奏でるビー玉は
幼かった僕たちの目には宝石に見えたのだ。

あの時、泡沫の中の宝石は
手に入らなかったが
思い出が宝石より価値あるものとして
僕たちの中に残っている。

しばらく、とりとめのない会話を続けてから
僕たちは帰ることにした。

「じゃあまた明日」

「うん、じゃあね」

帰り道、途中で振り返って
少し猫背な後ろ姿を見ながら願った。

車やバイクに轢かれませんように。
悪い人にも遭いませんように。
明日も、明後日も、来週も
かかとを行儀悪く踏む、
だらしのない歩き方で
僕の隣を歩いてくれますように。

もっと大人になったら
きっとこんな風に毎日会えないんだろう。
だからこそ、今は傷ひとつない
ビー玉のような日々を過ごしていたい。

声に出したらしゅわしゅわと消え、
叶わなくなりそうな願い事だ。

瓶に少し残った甘い炭酸と一緒に 
飲み込んでしまおう。




梔子文庫

Kuchinashi Bunko 小説に纏わるあれこれ、 ショートショートをメインとした個人サークルです。 ストーリーは「眠れない夜の小さな話」を テーマにして書いています。 その他、細々とWEBマガジンにて 記事を書かせて頂いたりしています。

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